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岡山地方裁判所 昭和43年(ワ)840号 判決

原告 三甲野好与

被告 富田稔

右訴訟代理人弁護士 平松掟

主文

一、当裁判所が昭和四三年(手ワ)第一八七号事件につき同年一一月二八日になした手形判決はこれを取消す。

二、原告の請求を棄却する。

三、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一、(当事者の求めた裁判)原告は「被告は原告に対し金二〇万円およびこれに対する昭和四三年八月一二日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決および仮執行の宣言を求めた。被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決および仮執行免脱宣言を求めた。

二、(請求原因)原告はつぎのように述べた。

被告は原告に対し左記のとおり記載のある約束手形各一通を振出して交付した。

(1)  金額一〇万円、振出日昭和四一年一一月一八日、支払期日同四二年四月三〇日、振出地および支払地神戸市、支払場所神港信用金庫兵庫支店

(2)  振出日同四一年一〇月二〇日、その余の要件右(1)の記載に同じ。

原告は右各手形を昭和四一年一二月三〇日訴外馬場栄治郎に裏書譲渡し、同訴外人は右(1)の手形を同四二年二月九日訴外藤井義二に裏書譲渡し、右両訴外人は各自所持する右手形を支払期日に支払場所に支払のために呈示したが支払われなかった。原告は、同四三年八月一一日右各手形を受戻し、現に所持している。よって、原告は被告に対し、右受戻金中手形金相当額およびこれに対する受戻日の翌日から完済に至るまで手形法所定の年六分の割合による金員の支払を求める。

三、(答弁および抗弁)被告訴訟代理人はつぎのように述べた。

(答弁) 請求原因事実中、手形の受戻の点を否認するが、その余を認める。

(抗弁) (1)被告は、昭和四二年三月一九日被告が訴外北川工務店に対して有する、サッシ売掛代金債権金四六万三、二五〇円を原告に譲渡しこれをもって本件手形金債務を含む被告の原告に対する債務金額に充て代物弁済した。

(2) 昭和四三年六月一二日当時の手形所持人たる訴外馬場栄治郎との間に本件手形債務を含む同訴外人に対する手形債務につき金二五万円を被告が支払い、その余の債権は同訴外人が免除する旨の和解が成立し、右手形金債務は消滅した。被告は何回か原告に対し示談解決した旨知らせており、原告は右和解の事実を知りながら同訴外人と共謀して本訴を起し被告から取立てているのであって手形受戻に際し悪意または重過失があった。

四、(抗弁に対する認否)原告は、抗弁事実を否認する、と述べた。

五、(証拠関係)≪省略≫

理由

一、原告主張の請求原因事実は手形の受戻の点を除き当事者間に争いがない。そして≪証拠省略≫によると、原告はその主張どおり本件手形を受戻して現に所持していることが認められ、この認定を覆すに足りる証拠がない。

二、そこで、被告主張の抗弁中和解による手形上の債権の消滅の抗弁につき検討する。

一般に、支払またはこれに準ずる債務免除等を内容とする和解の成立により手形上の債権が消滅したが債務者が手形の返還を受けない間に遡求義務者に対し遡求されその遡求義務者が再遡求をなす場合に、原則としては再遡求義務者は遡求義務者に対し被遡求者において生じた和解による手形上の債権の消滅を主張しえないけれども、例外として、遡求義務者に手形法七七条、四〇条三項所定の悪意または重過失に準ずる事情があるときに限りこれを主張しうると解するを相当とする。なぜなら、法律上の義務者として遡求に応じなければならないという遡求義務者の立場は十分斟酌されるべきであるが、さりとて悪意、重過失がある場合にまでこれを保護することは、かえって公平の観念に反するというべきであり、遡求義務者と支払人との立場の類似性にかんがみ、その利害の調整は支払に関する手形法七七条、四〇条三項を類推適用し、これにその基準を求めるのが相当であるからである。そして右悪意重過失の主張、挙証責任は再遡求義務者が負担すると解すべきである。

そこで、まず和解の成否につき検討する。≪証拠省略≫を総合すると、訴外馬場栄治郎は昭和四三年四月一八日本件手形につき本件被告と原告の両名を被告として手形訴訟を神戸地方裁判所に提起していたところ、同年五月二五日にその訴訟の口頭弁論期日が開かれ、その日に本件原告欠席のまま結審となったが、退廷後右訴外馬場が被告に対して示談解決方を提案したので、被告においてこれに応じることとなり、同年六月一二日に姫路駅前において再会することを約したこと、同日被告、被告の姻戚関係にある訴外江端吉五郎、被告の母たる富田モトヱは右訴外馬場と姫路駅前の食堂にて会い、本件手形を含む六枚の手形金合計金九六万五〇〇〇円の手形につき示談の交渉をなし種々交渉の結果、翌六月一三日に赤穂駅前の食堂にて、訴外江端が金二五万円を被告に立替払をすることですべての手形上の債務を免除するという約束をなし、同日右訴外江端が金二五万円を右訴外馬場に対して交付し、その際受取証、念書類(乙第二号証の一ないし三)を訴外馬場が被告らの要求に応じて書いたこと、とくに乙第二号証の三の念書は汽車に乗車する約五分前に、被告らのたっての要求に応じて書いたこと、被告らはとにかく金二五万円ですべての手形の示談解決に応じてくれた訴外馬場の好意に対し大層喜んでいたこと、しかし、訴外馬場は神戸地方裁判所に係属中の前記手形訴訟を取下げるのに必要だとして本件手形を返却しなかったが、訴を取下げるどころか、本件被告と本件原告とに対する手形判決をもらって、本件被告の有体動産の差押えをなしたこと、被告らは訴外馬場が言を左右にして訴を取下げないのに憤がいして同年七月八日か九日に神戸地方検察庁に対し訴外馬場を詐欺罪等につき告訴するに至ったこと、が認められ(る。)≪証拠判断省略≫また、前記乙第二号証の三念書中の記載に「富田モトヱ様手形全部の示談解決致しました。」との記載は、証人馬場の証言および乙第一三号証の記載中富田モトヱ振出の手形についてのみ示談した旨の供述ないし記載にそうけれども、右念書は被告らのたっての要求に応じ汽車に乗車する寸前に訴外馬場が一方的に書いたこと、二日に亘る示談交渉が訴外馬場の有する本件手形を含む手形全部についてなされていた経緯にかんがみ、この記載のみでは前記認定を左右するに足りない。

以上の次第で、本件手形上の債権は遅くとも昭和四三年六月一三日に消滅しているのであって、原告が受戻した日が同年八月一一日であるから、原告は無権利者たる訴外馬場から本件手形を受戻したことになる。

さらに、悪意、重過失の点につき検討する。≪証拠省略≫によると、前認定のとおり被告と訴外馬場との示談交渉は昭和四三年六月一二日に一応話がまとまったので、早速被告は前記別件の手形訴訟の相被告たる本件原告に対して訴外馬場と示談解決した旨の電報を同日打電し、同年七月八日と九日に訴外江端は前認定のように訴外馬場を詐欺罪等で告訴すべく神戸地方検察庁に赴き九日に被告および訴外モトヱを同道して帰る途中遇然に原告と出邁い、喫茶店において被告らは原告に対し前認定のとおり訴外馬場と示談がついた旨伝え、訴外馬場が示談に際して作成した念書類(乙第二号証の二、三)を示し、訴外馬場が訴取下げをしないゆえ告訴したこと等当時までの一切のいきさつを話したこと、その後訴外馬場が前認定のように被告の有体動産を差押え競売せんとしたとき、その競売期日たる同年八月八日に原告も訴外馬場に同道して来たので、訴外江端やモトヱは原告と訴外馬場との共謀を疑い電話で原告に対し同道の趣旨を詰問しそのとき前同様示談解決の旨を訴えたことが認められ(る。)≪証拠判断省略≫右認定事実にもとづき考えるに、原告は本件手形を受戻した昭和四三年八月一一日にはすでに訴外馬場と被告との間に和解が成立していたことを知っており、仮に知らなかったとしても知らなかったことにつき重大な過失があり、かつ、和解成立を容易に立証しうべき状況にあったものと判断せざるをえない。原告本人尋問の結果中に、原告は被告側から右のように示談解決を伝えられたが、他方被遡求者たる訴外馬場からは本件手形について示談解決していないから安心するようにいわれた旨の供述があるが、仮にそのような事実があったとしても、前記認定のようにしきりに被告側から示談解決した旨訴えられた事情のもとでは、手形受戻前に今少しよくその真否を調査すべきであり、かつ被告らに面談してその真否を確かめるなどこれをなすことは容易なことであったのであるから、このような事情は右認定を左右するに足りない。

三、それゆえ、再遡求義務者たる被告は遡求義務者たる原告に対し前記のとおりの手形上の債権の消滅を主張して再遡求を拒むことができる。よって、原告の本訴請求はその余の争点につき判断するまでもなく失当として、これを棄却すべく、手形判決の取消については民訴法四五七条、訴訟費用の負担につき同法八九条を各適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 東孝行)

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